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怠惰な日々

小さな命を守りたい!

一匹でも犬・ねこを救う会
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3.8 国際女性デーは長野へ 2 

JR長野駅のレストラン街は、長蛇の列だった3月8日。
ハンズも入り、私的にはうれしいけれど、やはりちょっと規模が小さいなぁ・・
2015308長野駅
向かい側の交差点から見ると↑↑ こういう駅ビル
長い軒を長い柱が支えている。
これのイメージは善光寺?柱が気になっちゃうな。
和風と洋風がマッチしないよね。女子4人は厳しい判定。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
国際女性デーの講演会は、長野駅から歩いて8分ほどのホテル信濃路で行われました。
まとめてみましたが、少し長いです
2015308高遠菜穂子さん
「私は絶望しています。もう世界は手遅れ状態です」から、はじまった高遠菜穂子さんの講演は
最後まで圧倒され続けました。
泥沼化するイラクの現状は、日本のメディアが伝えないことばかり。
高遠さんにとって2014年は最悪で、仲間たちが殺され、現地ファルージャの医療支援で
積み上げてきたものが、ことごとく潰されたと語りました。
帰国後、イラク情勢報告会を開いているが「知らなかった」と聞くたびに愕然とすると言い、
世界が直面している脅威に国境がなく、ローマ法王ですら「第三次世界大戦の状況にある」と
言っているのに、その危機感が日本には届いていないことに更に驚きがっかりしたそうです。
日本は「情報鎖国」と言うしかないと言い切っています。
たとえ英語が話せなくとも、海外メディアから情報を得る努力をすべきとも。

イラクでは2013年末、「反テロ法」の撤廃を求めて1年以上続けられてきたスンニ派市民のデモに対し
イラク政府の治安部隊が襲撃、無差別に殺傷した。
2005年、イラク移行政府発足直後につくられた「反テロ法」は、イスラム教シーア派主導の移行政府のもと
多くのスンニ派市民を「テロリスト」とみなして、逮捕、拷問、処刑を行った。
2005年から2007年までは連日、70〜100もの拷問を受けた遺体が発見されたそうです。
また2014年、国際人権団体・ヒューマンライツウォッチがまとめた報告書では「数千人のイラク女性が
不当逮捕され、刑務所内でレイプされている」と。
シーア派政権によるスンニ派狩りは今も続いている。
日本で報道されるとき「シーア派政権に不満を持つスンニ派市民」というフレーズの向こう側には、このような
深刻な実態があることを知ってほしいと話しています。

イラクのサダム・フセイン政権はどうだったか?というと、世俗主義でイスラム教を廃止し、政教分離を
徹底していたそうです。しかし新政権になり、女性の婚姻は9歳からみとめられるようになり、女性たちが
「とんでもない」と反対の声をあげデモをおこなっていたそうです。9歳の婚姻ですよ・・

イスラム国は、2003年に米軍が「対テロ作戦」を集中しておこなった際に、アンバール州から流入してきた
アルカイーダ系の武装組織が原形だそうです。
「米軍を狙う」としながら、無差別な自爆攻撃で多くのイラク市民を殺傷し地元部族に追い出された。
イスラム国が勢力を拡大した最大の原因は、イラク政府の暴走にあると高遠さん。

イスラム国の原形武装勢力は、追い出された後、イラクの第二の都市モスルで自爆攻撃などを繰り返し
内戦がはじまったシリアに移動し勢力を拡大して、ISIS(イラクとシリアの「イスラム国」)となった。
そして、2013年末のイラク政府によるデモ隊襲撃に乗じてイラクに戻ってきたそうです。

2014年6月「イスラム国に、モスルが占拠された」と日本でも報道された。
モスルはスンニ派が多く、長いことイラク政府による弾圧を受けていたので、「イラク政府から、あなたちを
解放するために来た」という、イスラム国を受け入れた。しかし1ヶ月もすると「イスラム教」の教えを強要
しはじめ、女性は黒のベールを被るよう言われ、あらゆる娯楽が禁止となり、偶像崇拝を禁じるとし歴史的
建造物の破壊をはじめた。
 スンニ派は、同じスンニ派の「イスラム国」にも殺されてしまうのに、周囲からはスンニ派市民はすべて
「イスラム国」支持者と決めつけられ、政府軍や政府が組織したシーア派民兵にも殺される。
またモスル郊外にあるキリスト教徒最大の街カラコシュに「イスラム国」が攻め込み、改宗を迫るが、拒んだ
人たちは、あっという間に処刑された。カラコシュから一日で30万人近いキリスト教徒が、アルビルに避難した。
また、シンジャルという街では、ヤジディ教徒が「イスラム国」襲われ、改宗を拒み殺された。
多くのヤジディ教徒がシリアやトルコに逃れたが3万人近くがジンジャル山に逃げ込み、炎天下で数百人が死亡。
このことを海外メディアは連日報道したそうです。

この直後、アメリカはイラク空爆を決定。
キリスト教徒もヤジディ教徒、支援者たちも米軍を待ち望んでいた・・武力行使を否定する高遠さんでさえも
この道しかないと思えたそうです。
米軍に痛めつけられてきた人たちが、この状況下で、アメリカの空爆を待望すると言わせるような状況があった
そのことを想像してほしいと話します。
高遠さんは、国際人権団体・ヒューマンライツウォッチとの協力で、ファルージャ総合病院への空爆や無差別
攻撃を止めるよう求める声明を出し、団体スタッフは、国連でもイラク情勢に関する声明をしたが、不自然なほど
国際社会は沈黙していたと・・
隣国シリアの独裁政権がタル爆弾を落とすと非難の声があがるのに、イラク政府がタル爆弾を市街地に落とし
子どもたちの体がちぎれても誰も文句を言わない。国際的にイラクの民主政権がおこなう「対テロ作戦」には
協力すべきという流れができていたと言います。

残虐なISISの行為は、パイロットを殺されたヨルダンも報復に転じた。
残虐性は、誰の中にもある種。私たちの中にもある。
たまたま芽を出さないできた日本は平和憲法があるから・・
イラクでもヘイトスピーチが多く、市民の中の対立を煽っている。
しかしイラク人をここまでにしてしまったのは、国際社会であり、イラク政府にに対し市民への武力行為を
やめるよう勧告しなかった国際社会の責任は非常に重いと話していました。

「配られた高遠さんの資料から抜粋」
 私は平和主義者だ。イラクにいると日本の憲法九条があるからこそ信頼され、守られていると感じる。
しかし中東から戻ってきた私には「平和憲法を守ろう」というスローガンは冷徹に響く。
非暴力の紛争解決を望むなら、タイミングを逃してはならない。暴力阻止のチャンスをつかむには、
「知らなかった」という言い訳は通用しない。
 日本で平和を訴える人々全員が、この難題にぶちあたっている。イラクの危機を教訓に、日本の
役割と未来を考えたい。

昨年、2015年の国際女性デーに「高遠菜穂子さんをお呼びするので、上田もどうですか?」と
長野の実行委員会の方から連絡をいただいた。
そのとき「ぜひ!」と思い、上田の実行委員会の方につないだが、アッサリ断られ引き下がった。
高遠さんの講演を聴いて、やはり上田で講演してもらう機会をつくれば良かったと思った。
イラク戦争のもたらしたものとその影響の大きさは、私たちの想像をはるかに超えています。
敵対関係のなかった中東で、いとも簡単に「対テロとの戦い」を口にした日本は、欧米諸国から
敬遠され孤立を深め、まるで第二次世界大戦前のようだと言われています。
私たちが手にしている憲法をどうするのか?具体策を見出さなければ・・・深刻な課題です。
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