toromogu's blog

怠惰な日々

小さな命を守りたい!

一匹でも犬・ねこを救う会
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じんぶん(智恵)を働かせて〜 

13時、全国各地で一斉に安保法関連法案の成立を目指す安倍政権に反対の
意思を表そうと「安倍政治を許さない」と書かれた紙が掲げられました。
「安倍政治を許さない」は俳人の金子兜太さんが書きました。
私たちも近くのターミナル駅付近で掲げると情報が入り参加してきました。
見知らぬ人たちばかりだったけど思いは同じ。
駅の改札から出てきて写真を撮る人、見知らぬ顔をして通り過ぎる人さまざま・・
駅は高架になっているので、ちょうど電車が止まり発車していくまでの間
「安倍政治を許さない」を上に向けて掲げました。
ドア近くに立っていた人たちが、じっと見ていました・・わかったかな?

安倍内閣の支持率急落37.7% 不支持率51.6% (17,18日調査・共同通信)
まだ37.7%もあるんですね・・
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講演会「いま、沖縄で起きていること-沖縄からの報告」
講師は安次富浩さん(ヘリ基地反対協・共同代表)

2015718安次富さん講演会
18年間、基地建設反対で粘り強く闘っている安次富さん

保守も革新も一緒にオール沖縄で闘うことは、沖縄の未来は自分たちが決めるという
気持ちの現れが、闘いを盛り上げていると語ります。
2001年、辺野古沖のボーリング調査が始まり、2004年、沖縄国際大学に米軍ヘリ墜落事故
事故後、米軍が地元消防署や警察を排除し証拠品などすべてを持ち去り、日本が本当に
独立国家なのかを証明することが起きた。
このとき小泉政権時代-米軍に沖縄にいてほしいと要請
2005年までの闘いに負けていたら、関空や中部セントレア空港のような海上飛行場ができていた。
それを止めたのも粘り強い住民運動だった。これが小泉政権の野望を挫いた闘い。

普天間飛行場の代替施設建設として選ばれた辺野古ですが、実は1960年代(ベトナム戦争時代)
辺野古に2,000㍍の滑走路を造ろとした米国だったがベトナム戦争末期はお金がなかったため造れ
なかった(戦費に費やしたため)当時、沖縄は米国の施政権下に置かれていました。(幻の滑走路)
1996年、突如、浮上してきた普天間飛行場の移設の話。
「普天間基地を返還してもらう、お礼に新基地を造りましょう!しかも日本が全額負担します!」
このときは沖縄は日本に返還されていました。
日本が建設費用を負担するので、あれもこれもと要求するそうで・・費用が嵩むばかり(5,000億〜1兆円)
この費用は建設国債を発行して賄うことになるが、20年から30年経つと償還がはじまり
結局、今の若い人たちが払うことになり税金が上がる。
そういうお金は3.11の東日本大震災の被災者や復興にまわしてほしいと強い口調の安次富さんでした。

沖縄は基地により裕福みたいなことを言う人が未だにいるが、実は復帰から比べても
依存度は15%から5%に下がっており観光経済が発展していることを証明している。
18年前、那覇の米軍基地(訓練場)返還により、モノレールや住宅地となり新しい街づくりが進み
もともとの地主は、現状価格で買い取られるので収入が増えている。
返還されたあとの跡地計画を、しっかりさせておくと発展し雇用も増加。
だから基地との共存共栄はなく、むしろ基地は沖縄発展の阻害になっている、
自然豊かな辺野古の海は、エコツーリズムを進めることで、さらに沖縄は発展するので
基地はいらないと言います。
戦後70年、政府に振り回されてきた沖縄はもう自分たちのことは自分で決めるという
強い意思を持ち、じんけん(智恵・沖縄語)を使い闘っている(沖縄の自己決定権)
そしてヤマトも、じんけんを働かせて次の選挙はオールジャパンで闘えばいい。
19日へ続く・・

夕方、とてもキレイな虹
2015718船橋虹
カメラに収まり切れなくて(*_*; でも半円形のアーチ全景をみることができて良かった
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