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怠惰な日々

小さな命を守りたい!

一匹でも犬・ねこを救う会
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松代へ 

1944年11月11日、午前11時11分(いい日、いい時間)
信州松代に国の中枢を移すため3つの山(皆神山・舞鶴山・象山)に
地下壕建設のため最初の発破が行われました。
松代大本営工事犠牲者追悼・平和祈念のつどいに参加しました。
1945年8月15日の敗戦の日までのおおよそ9か月で全行程の約80%が
完成したそうです。
当時の多くの資料は、敗戦により焼却されて詳細がわからないことも多いですが
労働者として、朝鮮や日本の人々が強制的に動員されたと言われています。
戦後、朝鮮の人々は、どうなったのかなどは不明。
本土決戦に備えるための松代大本営地下壕建設と沖縄戦は繋がっています。

   追悼の舞
   DSC_1224-1松代大本営工事犠牲者追悼
   金順子さん(韓国無形文化財92号)
   象山地下壕の見学入口の反対側(清野地区)
   こちら側から掘りはじめた。山の中腹に、現存しています。
   
爆破や掘削で出た岩石や土砂は「ズリ」として前後、米軍の厚木基地建設の際に
使われたそうです。
舞鶴山を中心として皆神山、象山に碁盤の目のように掘りぬかれた松代大本営地下壕。
見学できるコースは象山地下壕の延長500mの区間です。
ボランティアガイドさんをお願いすると、戦争末期の歴史的事実が深まります。
72年前、戦争中だったこの国は、今また戦争へと近づいている・・

長國寺
DSC_1230(1)長国寺
松代藩10万石真田家の菩提寺
なんとなく変なカンジのお寺です。
それはシャチホコが載っているから・・
廃藩後の取り壊しが迫った松代城から移設したそうで、丈約2mのしゃちほこ瓦。

真田山長谷寺は真田幸隆が松尾城内に建立したが、1564年に松尾城外へ移された。
1622年、幸隆の孫、上田藩主だった真田信之が松代へ移封となり、それにともなって
寺も現在地へ移転し寺号「長國寺」と改められたそうです。
御霊外部と墓所拝観(300円)
初代藩主真田信之公御霊屋(国指定重要文化財)の見学もできます。
(御霊屋内部特別参拝500円:要予約)
真田家の墓所には、真田幸村と幸昌(大助)父子の供養碑もあります。
ガイドさんの説明とともに御霊屋(おたまや)を拝観してきました。

境内には、藩政改革の書「日暮硯」で知られた恩田木工民親(おんだもくたみちか)のお墓もあります。
「ウソはつかないこと」「倹約につとめること」「約束を守ること」など
今の政権にそのまま実行させたいことばかりですね。

秋晴れの松代は、紅葉が見頃でした。
白い衣装が揺れる追悼の舞、見あげると紅葉に染まった象山の上、白い雲が青空を走る。
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